海田町畝(広島県安芸郡)について調べてみた

海田町畝(うね)は広島県安芸郡に属する町です。

この「畝」を散歩しながら探索してみました。

地図はコチラ(東西南北は画面の左右下上に準じます。)

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海田町畝の概要

海田町畝は北西の北側に位置しており瀬野川沿いにあり日浦山の山麓の町でもあります。

西国街道の安芸山陽道(広島県道274号瀬野船越線)広島県道84号東海田広島線(瀬野川沿い)JR山陽本線が東西を横断しており、最寄りのバス停は砂走駅です。

海田町畝にかかる橋として「畝橋・国信橋」があります。

西国街道の安芸山陽道沿いは民家が連なっていますが、広島県道84号東海田広島線沿いは商店・企業とコンビニや大型スーパーなどが軒を連ねています。

海田町畝に存在する公園として町名を冠する「畝公園」があります。

森畠神社

畝会館の裏にあります。創建年・由緒等は不明です。

日浦山 春日神社

海田町の日浦山春日神社は、鎌倉時代の1223年に創建された歴史ある神社です。山陽本線・海田市駅と安芸中野駅の中程に位置し、祭神は天津児屋根命、布津主命、建御雷男之命、姫大御神です。

毛利氏の武将・阿曽沼元卿が社殿を修築、社領を寄進するなど、歴代領主からも崇敬を受けてきました。

現在の社殿は、大正12年の豪雨で流失した後に再建されたものです。2018年の西日本豪雨災害でも被災しましたが、地域の人々の努力により復興が進んでいます。

畝観音免第一号古墳・畝観音免第ニ号古墳

広島県海田町にある畝観音免古墳群は、7世紀前半~中葉頃に造られた2基の円墳からなる古墳群です。広島湾沿岸部では最大規模の石室を持ち、内海の海運を掌握した首長の存在を示唆する重要な遺跡です。現在は観音免公園内で保存されています。

海田観音免のクスノキ

海田観音免のクスノキは、樹高約29m、幹周約6.4mの巨樹で、広島県内でも有数の規模を誇ります。地上1.55mで東西に分かれた二大支幹からなる樹冠は、森のように繁茂し、圧倒的な存在感を放っています。樹勢も極めて旺盛で、長い年月をかけて地域の風景を見守り続けてきた歴史を感じさせます。
樹齢400年を超える「海田観音免のクスノキ」は、太い枝に亀裂が入り、特徴だった水平方向へ伸びていた枝が地面に落ちました。広島県海田町教育委員会は3日、損傷部分を伐採したそうです。今後、専門家による調査を行い、原因や今後の対策を検討するとのことです。

海軍第11空廠工場 防空監視哨(ふるさと館/観音免公園)

以下、引用

広島県安芸郡海田町にある、海田ふるさと館には、トーチカと呼ばれている遺構が移設保存されている。

これは、海田中学校付近は、海軍第11空廠工場であり、そこに残されていた物らしい。

海軍第11空廠工場の詳細は不明だが、現在の地図を見ても、周りを無視した区画があり、この区画が工場だったと推測する。

今回は発見できなかったが、付近にはトーチカとの説明板があるようで、毎回の事だが、これはトーチカでは無く、防空監視哨ではないだろうか?

海田町畝の今昔(1961~)

海田町畝(1961~)地理院地図

昭和30年代・・・畝1丁目の辺りですが、安芸山陽道から少し上がったところにアパートのような建物が整然と並んでいます。現在は住宅地となっています。

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